大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(ウ)27号 決定 1956年3月15日

申請人 松本治一郎 外二名

被申請人 極東空軍

同 米空軍第八戦闘爆撃隊

同 国

主文

申請人等の申請を却下する。

申請費用は申請人等の負担とする。

理由

申請人等の本件仮処分命令申請の趣旨は「(一)別紙目録記載の土地に対する被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊の占有を解き、申請人等の委任する福岡地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。(二)被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊は別紙目録記載の土地について、工作を加えたり建物を築造したりなどして現状を変更してはならない。また所属軍人をしてそのような行為をさせてはならない。(三)被申請人国は被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊が右前項の趣旨を履行するように適当な措置をとらなければならない。(四)執行吏は前二項の趣旨の実効を期するため公示その他適当な措置をとらなければならない。」との仮処分命令を求めるというにあつて、その理由とするところは、申請人等はそれぞれ別紙目録記載の土地の所有者であるが、被申請人国は、右土地を被申請人極東空軍に板付空軍基地敷地として提供し、被申請人極東空軍及び被申請人米空軍第八戦闘爆撃隊は該土地を占有使用している。ところで申請人等と被申請人国との間には、本件土地をアメリカ駐留軍に提供する旨の契約は存在しないが、被申請人国は、何らの権限もないのに本件土地を被申請人極東空軍に提供して申請人等の土地所有権を侵害しているので申請人等は、先に被申請人国を相手として、福岡地方裁判所に本件土地の明渡請求の本案訴訟を提起し、同裁判所第三民事部において審理の結果、昭和三十一年二月十三日「被告は原告松本治一郎に対し別紙目録第一記載の土地を、同松本英一に対し同目録第二記載の土地を、同島津義麿に対し同目録第三記載の土地を、夫々アメリカ合衆国軍隊使用の施設を撤去した上明渡さなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決が言い渡された。しかるに被申請人国は、右判決を不服として同月二十一日福岡高等裁判所に控訴の申立をした。

申請人等は、右本案訴訟は第二審においても必ず勝訴するものと確信しているが、被申請人国のあくまで抗争する態度から判断するときは、申請人等が本件土地を完全に明け渡させるまでには、なお相当の時日を要するものと思われる。而して被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊は現在なお板付空軍基地拡張の方針をとつているものの如く、申請人等所有の他の土地までが福岡県土地収用委員会によつて収用されようとしている現状からみて、本件土地についても更に工作を加えたり建物を築造したりなどして、将来申請人等が本件土地を使用するについて障碍になるような行為をすることが予想される。そしてそのような行為をされると、申請人等としては所有権の完全な回復を著しく困難にされることとなるので、被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊に対しては、右のような行為をしたり所属軍人をしてさせたりしないように、また被申請人国に対しては、本件土地を被申請人極東空軍に提供している責任者として、被申請人極東空軍及び同米空軍第八戦闘爆撃隊が右のような行為をしないように適当な措置をとることを求めるため、本件申請に及んだというにある。

よつて按ずるに、本件仮処分命令の申請は、申請人等が先に国を相手として提起したアメリカ合衆国駐留軍の使用する板付飛行場敷地の一部である申請人等所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の明渡請求の本案訴訟における明渡請求権を被保全権利として、本件土地の占有者たるアメリカ合衆国極東空軍並に同国空軍第八戦闘爆撃隊及び国の三者を被申請人とする本件土地に対するいわゆる現状変更禁止の仮処分命令を求めるものであるから、まず右アメリカ合衆国駐留軍に対し本件仮処分命令の申請が許されるか否か、換言すればわが国に駐留する合衆国軍隊に対し、わが国の民事裁判権が及ぶか否かについて考えるに、合衆国軍隊はアメリカ合衆国の機関であつて、それ自体としては権利義務の主体たり得ないので従つてまた訴訟の当事者となることもできないというべきであるから、帰するところ、この問題は右極東空軍及び空軍第八戦闘爆撃隊によつて代表されるアメリカ合衆国に対するわが国の民事裁判権の有無にかかるものといわなければならない。

ところで国家は、その自制に依るの外、他国の権力作用に服するものではないから、民事訴訟に関しては外国はみずから進んでわが国の裁判権に服する場合、例えば条約をもつてこれが定めをなすか又は個々の事件について承諾がある場合その他特別の理由の存する場合を除いては、わが国の裁判権に服さないのが国際法上の原則とされている。(昭和三年十二月二十八日大審院決定参照)それでわが国は、右の如くアメリ合衆国が自発的にわが国の裁判権に服するか又は特別の理由のある場合の外、同国に対し本件の如き仮処分に関する裁判権はこれを有しないものと解すべきである。しかるところ、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下行政協定という。)において、アメリカ合衆国自体がわが国の民事裁判権に服する旨を取りきめた条項は何ら存しないのみならず、本件についてアメリカ合衆国がわが国の裁判権に服することを承諾した事跡の認むべきものもない。してみればアメリカ合衆国自体を被申請人とした趣旨と認むべき前記極東空軍及び米空軍第八戦闘爆撃隊に対する本件仮処分命令申請事件については、国際法上の一般原則に照しわが国は裁判権を有しないものといわなければならない。

もつとも本件仮処分命令申請の趣旨は、前記の如く申請人等所有の本件土地につき現状の変更を来すべき被申請人等の行為を禁ずることをその内容とする仮処分命令を求めるものであるから、本件仮処分命令申請事件はすなわち不動産を直接目的とする権利関係の訴訟(広義の)として、前記のいわゆる特別の理由の存する場合に当り、本件土地の所在地国たるわが国の裁判権に服するのではないかとの疑を生ずる余地がないでもないので、更にこの点について考察することとする。

元来アメリカ合衆国駐留軍の使用する本件土地を含む板付飛行場は、日本国が前記行政協定第二条第一項に基き、安全保障条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な施設として、アメリカ合衆国に無期限にそれが使用を許し(行政協定第二条第一項、昭和二十七年七月二十六日外務省告示第三十三号及び同日同省告示第三十四号参照)アメリカ合衆国は行政協定第三条により、右施設において、それらの設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要又は適当な権利権力及び権能を有するものとせられている。それで板付飛行場は、アメリカ合衆国駐留軍が日本国との前記条約に基き同条約第一条の目的の遂行のため使用占有を認められた、いわゆる施設に外ならないのであつて、このことは外国が私法上の契約に基き、わが国において土地を所有し又は土地について賃借権を有する場合などとは、その趣を異にすること多言を要しないところである。

ところで外国の領域内に駐留を許された軍隊の所在場所においては、その所在国の裁判管轄権は排除されるのが、国際法上の原則とせられ、アメリカ合衆国軍隊の使用する施設及び区域内におけるわが国の民事裁判権の行使に関する行政協定第十八条も右国際法上の原則を承認してこれが規定をなされたものと見るべきである。すなわちアメリカ合衆国軍隊の使用する施設及び区域内においては、原則としてわが国の民事裁判権は排除せられ、例外として特定の場合一定の制限の下にこれが行使を認められるにすぎないのである。

してみれば、板付飛行場の施設内における本件土地につき、アメリカ合衆国を代表する同国駐留軍を被申請人として、現状変更禁止の仮処分命令を求める本件は、該土地を直接目的とする権利関係の訴訟とは到底いい難く、従つてこの点からもわが国の民事裁判権には服さないというべきである。

しからば極東空軍及び米空軍第八戦闘爆撃隊を被申請人とする本件仮処分命令申請は不適法として、これを却下せざるを得ない。

次に被申請人国に対する本件仮処分命令申請が理由があるか否かについて考えるに、申請人等は、アメリカ合衆国駐留軍に対し、本件土地につき工作物の設置及び建物の築造等による現状変更禁止の仮処分命令を求め、被申請人国に対しては、同国駐留軍が右仮処分の趣旨を履行するよう適当な措置をとるべき旨の仮処分命令を求めるものであるところ、合衆国駐留軍に対する本件仮処分命令申請の不適法にして却下を免れさること前段説示のとおりである以上該仮処分の趣旨を履行するよう適当な措置をとるべき旨の被申請人国に対する本件仮処分命令の申請が当然その理由のないことに帰することは自ら明らかである。若し申請人等の被申請人国に対して求める本件仮処分命令の内容にして、被申請人合衆国駐留軍に対する仮処分命令とは関係なく、右駐留軍が本件土地につき工作物の設置等による現状変更をなさるよう適当の措置をとるべしとの趣旨なりとするも、もともと本件仮処分命令の申請は前記の如く被申請人国に対する板付飛行場の施設の一部たる本件土地の明渡請求権の強制執行保全の為なされたものであるところ、右施設においては既に説明せる如く、わが国の民事裁判権は排除せられる当然の結果として、これに対する強制執行も亦許されないものといわねばならないので、申請人等が被申請人国に対して求める本件仮処分命令は将来の強制執行を保全するという意味がない。なおアメリカ合衆国は、日本国との間の安全保障条約及びこれに基く行政協定により、本件土地を含む板付飛行場の施設につき前記の如き権利を有するものである以上、該権利の行使に必要と認める工作物の設置及び建物の築造をなす権限をも有するものと解すべきである(千九百五十二年二月二十六日日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の協議のための合同会議公式議事録参照)から、仮りに被申請人国に申請人等の求める趣旨の仮処分を命じたとしても、該仮処分の内容を実現するにはアメリカ合衆国とのいわゆる外交々渉によらざるを得ないこととなるのであつて、かくの如く執行保全の意味がなく而も外交々渉によらざれば実現することのできない内容の仮処分命令の申請は到底許容せらるべき限りではないので以上いずれの点からするも、被申請人国に対する本件仮処分命令申請は理由がないものとして、これを却下するの外はない。

よつて申請人等の本件申請を却下すべきものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例